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東京地方裁判所 昭和33年(行)151号 判決 1960年7月19日

原告 岸巖

被告 東京都知事

主文

被告は原告に対して金二、〇八一、五八〇円及びこれに対する昭和三三年一〇月二八日から右金員支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、それぞれその一を原、被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四、一六三、一六〇円及びこれに対する昭和三三年一〇月二八日から右金員支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「東京都港区芝白金三光町二六二番地の一宅地七七六坪五合六勺(以下この土地を本件土地と略称する)は、原告の所有であるが、右土地のうち東側の一隅八二坪七合(以下この土地を本件収用地と略称する)は、被告を起業者として、昭和三一年四月二三日事業認定の告示がなされ、昭和三二年一一月二六日土地細目の公告があつた東京都市計画街路事業(環状街路四号)のため収用されることになつたが、右収用に伴う損失補償につき、原被告間に協議が調わなかつたので被告から東京都収用委員会に裁決の申請がなされたところ、同委員会は、その損失補償額を金四、八四三、一三六円(内訳、土地補償金三、三〇八、〇〇〇円、物件移転料等金一、五三五、一三六円)と決定し、残地六九三坪八合六勺(以下この土地を本件残地と略称する)に対しては収用による地価の減少が認められないから残地補償の必要がないとして、昭和三三年七月一〇日その旨の裁決をなし、右裁決書の正本は同月一二日頃原告に送達された。

しかしながら、本件土地は、原告の居住宅地であつて、その地相は略々正方形をなし、これに延約一三〇坪の建物と庭園を配し、その樹木の数は優に一、〇〇〇本を超え、高いものは五〇尺に及ぶものも数多く、樹令数百年の古木等があり、都心に近くしてなおその繁を避け得る良好な宅地であるが、本件の収用により東側の一角を三角形に買収剪除される結果宅地としての配置均衡が全く破壊されるばかりでなく、いわゆる辰巳の方角を切取られた本件残地の地相は、世俗において極端に忌み嫌い、且つ張りのない貧弱な地相となり、これを他に売却するにしても、またこれを近代的住宅郡の用地として一括利用するにしても、不整形化された本件残地の利用価値が著しく低下してその減価を余儀なくされることは自明の理であつて、右のような地価の減少による本件残地の損失は、収用前の評価格を坪当り金四〇、〇〇〇円として、少くともその一割五分に相当する金四、一六三、一六〇円に達するのであるから、東京都収用委員会が本件残地に対して損失補償の必要がないとしたことは明らかに不当である。

よつて、原告は被告に対し本件残地に対する損失補償として右金四、一六三、一六〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三三年一〇月二八日から右金員支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ」と陳述した。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張事実中本件土地が原告の所有であること、本件収用用が原告主張の街路事業のため収用されることゝなり、その損失補償につき東京都収用委員会が原告主張のような経過により、その主張の日その主張のような裁決をなし、右裁決書の正本が、原告主張の頃原告に送達されたこと及び本件土地が原告主張のような宅地であつて、本件収用地が、その東側の一角に該当することは認めるが、本件残地につき原告主張のような損失の生ずることは否認し、原告主張の補償額はこれを争う。」と述べた。

(証拠省略)

理由

本件土地が原告の所有であること、本件収用地が原告主張の街路事業のため収用されることとなり、その損失補償につき、東京都収用委員会が、原告主張のような経過により、原告主張の日その主張のような裁決をなしたこと及び右裁決書の正本が原告主張の頃原告に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで本件残地につき、果して原告主張のような損失が生ずか否かにつき考察してみるに、成立に争のない甲第一号証の一、同第二号証、同第三号証の一、二、鑑定人米田敬一の鑑定の結果並びに原告本人の供述(但し甲第二号証を除き、いずれも後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、本件土地は、都電白金台町停留所から北東約二五〇米の高台にある閑静な高級住宅地帯に位置し、北西側の一辺を隣地の宅地に接し、北東、南東、南西の三辺を道路に囲まれた略々方形に近い形状をなし土地内には中央のやゝ北側寄りに南面して本家を建築し、その周囲に築山、泉水、樹木、庭石、灯籠などをしつらえた純日本式の庭園を配し、土地建物の全体が一体として調和均衡を保つように配置され、原告の居住に供されていること、本件収用地は、本件土地の東隅略々三角形の地形をなす一面で(この点は当事者間に争がない。)、一部表庭園の東端及び離れの敷地を含むほか、従来物干場等日常生活に必要な場所として使用されていた部分であるが、その底辺において、本件土地の南東辺の略々中央より北東辺の南方約三分の一余の地点に至る間を、約一三間余に亘り切断するため、本件残地は従前よりさらに不整形な五角形に変貌し、地形の悪化によると相当程度の地価の減少が考えられるほか、本件残地上の建物及び庭園の綜合的な美的均衡が破れ、全体としての美観が幾分損われ、また東側が新設の主要幹線道路(東京都環状四号道路巾員二二米)に接することゝなるため住宅地としては、交通の利便の面より、むしろ従来の閑静な環境が交通量の増加による塵埃、喧噪等に災いされる結果となり、若干使用価値の減少が見込まれる等の事情を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。よつてすゝんで損失の額につき検討してみると、本件裁決当時における本件残地の価格が少くとも坪当り金四〇、〇〇〇円を相当とすることは、前記甲第三号証の一、二に本件収用地の評価額が坪当り金四〇、〇〇〇円であること原告においてもまたこれに異論のない事実からしてこれを認めることができる。次に本件収用地の収用による本件残地の減価率については、甲第三号証の一によれば一割二分、同号証の二によれば推定約一割、鑑定人米田敬一の鑑定の結果によれば使用価値から見ると約一〇%、主観的及び客観的価値を綜合的に見ると約三%であるとされ、そのみるところによりそれぞれ結論を異にし、必ずしも帰一しないところである。

甲第三号証の一によると一割二分の結論についての根拠が殆んど示されていないので直にこれを資料にすることは困難である。

甲第三号証の二によると地形の悪化住宅用地としての面から残地の価格に一割程度の減価を生ずると推論している。

鑑定人米田敬一は、その鑑定書及び供述中において、本件残地の価格の減少は、地形の悪化による客観的価値の減少を約五%環境の変化による主観的価値の減少を約一〇%とし、その両者を綜合した平均値によつて定まるとしている。(同鑑定人のいう客観的価値及び主観的価値の概念は必ずしも明確でないが、同鑑定人の鑑定書及び供述の全体を通観すれば右の趣旨であることが了解できる。)以上の各証拠にさきに認定した損失の態様についての諸事実及びその他本件に現われた一切の事情を参酌して彼是勘案すれば、本件残地の減価率は七・五%を以て相当と考える。(尤もこの点につき前記鑑定人は、その鑑定書中において、前記のように本件残地の主観的価値及び客観的価値を綜合した価値の減少を三%程度と結論しているのであるが、右は同鑑定人が、右結論の算出過程において、本件残地の客観的価値の評価に、いわゆる起業利益を加味したゝめであると推測されるので、右の結論は当裁判所の首肯しないところである。)しかして、本件残地の面積六九三坪八合六勺(当事者間に争がない)に、前記坪当り価格金四〇、〇〇〇円と右滅価率七・五%を乗じた金額が金二、〇八一、五八〇円であることは計算上明白であつて、結局この金額が本件収用により本件残地に生ずる損失である。甲第一号証の一、同第三号証の一、二、鑑定人米田敬一の鑑定並びに同鑑定人及び原告本人の各供述中叙上認定に反する部分は、いずれも当裁判所の採用しないところであつて、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

そうすると、結局被告は原告に対し、本件残地に対する損失補償として、右金二、〇八一、五八〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録に徴して明白である昭和三三年一〇月二八日から右金員支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は、右の限度において正当としてこれを認容するが、その余の部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条、第九二条によりこれを二分し、それぞれ原、被告にその一を負担させることゝする。なお仮執行の宣言は不相当と認めこれを附さない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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